ブロンOD回顧録 part2

副作用の不眠で眠れないのは常だった。

毎朝、両親に泣いて泣いて懺悔した。

副作用でいつのまにか鬱が悪化したせいだ。

「生まれてきてごめんなさい」

枕を濡らした。泣くのは気持ちが良いもので、少しスッキリする。それでもまた朝が来ると申し訳なさでいっぱいになって懺悔の日々。自分はいらない人間だと言う気持ち。寂しい気持ち。限界の毎日だったと思う。

 

自分はいらない人間だと言う気持ちから、ボランティアを始めた。存在価値を求める気持ちが自然とそのボランティアへ誘う。それはツイッターのメンヘラ女子を救おうというボランティアだ。ツイッターでは日夜、「死にたい」「辛い」というツイートがなされている。それに対して「大丈夫?」「話聞きくよ?LINE持ってる?てかどこ住み?直接会っちゃう?」と打ち込むだけである。命の電話はまとも繋がらない。俺自身が命の電話になるという心意気を持った人間にしか務まらない。ちょっとでも自分の股間に配慮したらアウトなかなり大変なボランティアだった。このボランティアを数ヶ月行いDV彼氏に怒りが沸いた。

「そんな男はやめて俺を彼氏にしろ、童貞を卒業させろ」と。もうこのボランティアの理念を忘れていた。

 

残念ながらそういう心配したような声がけは無意味だった。

何故なら、余計なお世話だからである。

俺は知らなかった。ツイッターのメンヘラ女子を心配する必要なんてなかったと。人は一人で立ち上がれる。見守ることが大切だと。

完全な自己満足のボランティアだった。自分のためのボランティア。余計なお世話だと気付かされた時、自分はクズで最低な人間だと発狂した。そこでとあるメンヘラに聞いたアームカットである。きもちよいと聞いて試して見たかったが中々出来ずにいた。腕に1本の線を何本も何本もつけた。普通に痛かったがそこに謎の達成感は確かに存在した。

しかし傷を見るたびに思う。

「傷が残るなんて聞いてないお(>_<)」

俺は人から天然(バカ)だよね?\(+_<)/

とよく言われる。こうやって、ビギナーが調子に乗って身の丈に合わない量を、お酒の我慢大会のように見栄を張って飲むとろくなことにならないのだった。

 

ところで、寂しい気持ちは収まらなかったのだが、とある女性と関わった話もいつかしようと思う。いつか。

 

追記

ボランティアをしていた時から2、3年経って、有難うとメッセージが届いた。完全な無駄ではなかったのかもしれない。